郷土の未来をつくるコミュニティペーパー(山形県庄内地方の地域新聞)
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親しまれ71年の歴史に幕
中心街の核店舗 マリーン5清水屋

清水屋

閉店時間には100人近い人が集まった

  酒田市の中心市街地で集客の核店舗として市民に親しまれ、経営悪化で営業継続を断念した老舗百貨店「マリーン5清水屋」が15日、最後の営業を終え、71年の歴史に幕を下ろした。
 同店の経営を長年担ってきた(株)マリーン5清水屋の成澤五一代表取締役が今年5月に急逝。その後、経営体制の再構築を進めたが、今月1日に資金繰りの悪化などから閉店を決めた。負債総額は約10億円。同社は近く山形地裁酒田支部に自己破産を申請する予定だが、今後は活用策を含め、閉店後の建物がどうなっていくのかが焦点となる。
 営業最終日のこの日は、閉店間際の午後5時過ぎから、閉店を惜しむ多くの市民らが詰め掛けた。母娘で買い物に来ていた48歳の女性は「店内をもう一度見ておこうと訪れた。昔は友人の出産祝いなどを購入するためによく来ていたが、足が遠のいていた。街なかの商店街がますます寂しくなる」と残念そうに話した。
 最後に買い物をしていこうと訪れていた40歳の女性は「子どものころから来ていたし、母親もよく買い物をしていた。住まいが千石町なので、頑張れば歩いて来ることもできた。正月の福袋などが思い出に残っている」と振り返った。
 午後6時の閉店時間を迎えると、正面出入口付近で女性従業員の一人が「お引き立ていただきましたことを心より厚く御礼申し上げます。本当にありがとうございました」とあいさつし、店内に並んでいた他の従業員とともに頭を下げた。見守っていた100人近い客から盛大な拍手が起こった。
 清水屋は1925(大正14)年創業の呉服店が前身。戦後の50(昭和25)年6月に同市日吉町2丁目に清水屋デパートとして開店し、61(同36)年11月に同市中町3丁目の旧店舗(パイレーツビル)に新築移転した。酒田大火から2年後の78(同53)年10月、大火復興事業で整備した酒田セントラルビルのキーテナントとして中町2丁目の現在地に移転・入居した。
 94(平成6)年9月には、大手スーパー(株)ダイエー傘下の(株)中合と対等合併し、店名を中合清水屋店に改称。中合は2012年2月に営業を終えたが、(株)マリーン5清水屋が店舗の営業を引き継ぎ、同年3月にマリーン5清水屋として営業を再開した。日本百貨店協会には非加盟だが、庄内唯一の百貨店として営業してきた。


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