遊佐町沖風力発電
漁業関係者の不安、依然解消されず
漁獲・健康被害補償の協議会要望も
遊佐町沖に導入する洋上風力発電事業が地域に与える影響や課題を地域住民も含めて議論する県地域協調型洋上風力発電研究・検討会議「遊佐沿岸域検討部会」(部会長・三木潤一東北公益文科大学公益学部長、委員28人)が1月30日、遊佐町内で開かれ、委員の漁業関係者から漁業への影響を心配する声や要望などが相次いだ。漁業関係者からはこれまでも、漁業に支障が出ることへの懸念が示されていたが、事業化への不安が依然として解消されていない状況が浮き彫りとなった。同部会には、同町沖の発電事業者に選定された「山形遊佐洋上風力合同会社」の構成企業も参加し、2030年6月の運転開始に向けたスケジュールなどを示した。(編集主幹・菅原宏之)
漁業行使権の侵害は刑事罰
遊佐沿岸域検討部会は、地域住民や海域利用者、有識者、国、県、遊佐町の担当者、同町の経済団体の代表者らで組織している。当日は、山形遊佐洋上風力合同会社を構成する、総合商社の丸紅(株)(東京都)、総合建設業の(株)丸高(酒田市)、関西電力(株)(大阪市)、国際エネルギー企業BP(英・ロンドン)100%子会社のBPIOTA、東京瓦斯(株)(東京都)の計5社の中から、丸紅洋上風力開発(株)、丸高、関西電力の担当者も参加し、インターネットでの参加や傍聴した一般住民を含め計約70人が出席した。
委員など約70人が出席し報告と意見交換が行われた遊佐沿岸域検討部会
洋上風車の規模を問題視
佐藤勝廣・吹浦漁業技術研究会役員は「洋上風力発電事業に反対はしないが、おおよその漁業者はさまざまな不安を持っているのが現状。洋上風車を建てようとする海域は、年間を通して好漁場となっている。先人から受け継ぎ守り育ててきた漁場が、自分たちの世代で今まで通りの漁ができなくなってしまうことには、釈然としない思いがある」と苦しい胸の内を吐露した。
その上で再エネ海域利用法では「漁業に支障を及ぼさないことが見込まれること」が促進区域を指定する際の基準の一つになっていることを挙げ「私はいまだに理解できないが、なぜそう言えるのかを教えてほしい」と説明を求めた。
加えて洋上風車の規模にも言及し「15メガワットの洋上風車を30基建てるということだが、必ずこの大きさでなければだめなのか。沿岸に近い集落の人たちや、風車の下で操業しなければならない我々に、健康への影響を含めて問題は無いのか聞きたい」と疑問を呈した。
槙課長は「洋上風車が建てば漁業に支障がある、マイナスの影響があることを前提に議論を重ねてきた。法定協議会の意見とりまとめ(23年3月29日)の将来像に、マイナスの影響をゼロまで戻す協調策と、ゼロからより良いものを目指す振興策を講じていくことで、支障が無いと見込まれると整理している」「大規模な事業で大型の洋上風車になることから、地域住民の皆さんに説明を始める。健康被害についても科学的な知見や考え方、環境影響評価を基に、発電事業者から住民に説明してもらうということで進めていく」と答えた。
伊原光臣・県漁業協同組合理事は「建設する洋上風車については、できるだけ漁業の負担にならないような方向、大きさやレイアウトなどを一緒に考えたい。漁業者との共存共栄に向けては、若い漁業者のために、海底ケーブルの敷設や海流・海生生物の調査といった潜水作業などを行う法人を設立する提案をしていくことにしている」と話した。
吉川雄大・丸紅洋上風力開発(株)国内事業第二部長は「地域住民の方々と一緒に進めていくという思いで取り組んできた。今後も、そういった思いを持って対応させてもらい、一緒に進めていきたい」と述べた。
地元との信頼関係構築を
西村盛・県漁業協同組合専務理事は「漁業者は洋上風車を建てる前から建てている途中、建った後にどんな影響があるのか分からないまま受け入れている現実がある。不安を抱えながら、今後は若い漁業者たちへの責任を果たさなければならない。だからこそ漁業影響調査は、漁業者が信頼できる組織・会社に行ってもらいたい」と要望した。
吉川部長は「漁業影響調査は、我々だけで行うものとは思っていない。調査会社も相談して一緒に決めていきたい」などと答えた。
委員からはほかに―
▼山形遊佐洋上風力合同会社からは、遊佐町沖洋上風力発電事業でもうけてほしい。利益を確保できる会社であってこそ「会社も良し、地域貢献も含めて遊佐町も良し」ということにつながっていくと思っている。
洋上風力発電事業は、厳しい環境にあると思っている。その要因の一つに円安がある。ファイナンスや利子補給に対する支援などを、国に率先して要望していく必要があるのではないか。
▼山形遊佐洋上風力合同会社には、地元業者も含まれている。地域でさらに対話を重ねてもらい、地域一帯の活性化に貢献する取り組みを切に望みたい。
一方で大型風車が長期間にわたり海面を利用することには、環境や健康への影響を懸念する声が残っているのも事実。発電事業者には、早期に地元に計画を示す場を設け、説明を尽くし、信頼関係を構築して、事業を引き続き進めてほしい。
―といった意見があった。
事業環境が厳しいのは事実
同部会では、発電事業者の選定結果が報告された後、吉川部長が事業概要を含む公募占用計画の要旨と今後の進め方などを説明した。
それによると、南北が吹浦漁港南側から酒田市との市町境近くまでの約8・3キロの範囲、沖合は海岸線から約1・8~同5・0キロの海域の面積計4131・1ヘクタールに、15メガワットの着床式大型洋上風車を30基建設し、発電設備出力は45万キロワットを想定する。スペインのシーメンスガメサ社製の発電機を採用し、資機材の搬入や洋上風車の組み立てなどを行う基地港は、酒田港を利用する。運転開始は30年6月を予定している。
今後は、今月下旬に地元構成員会議を開いて、協調・振興策の概要を説明し、12月中旬をめどに公募占用計画の認定を目指す。漁業影響調査検討委員会準備会を3月下旬に開き、26年4月から調査を開始する予定。
海底地盤調査にも4月ごろから入り、鋼製やぐらを用いたボーリング調査や、円錐形のコーンを海底に貫入させて抵抗を測定するCPT調査などを行う。
部会終了後、三菱商事(株)の手掛ける洋上風力発電事業が苦境に陥っているとする一部報道を踏まえ、本紙が遊佐町沖洋上風力発電の収支の見通しを問うと、吉川部長は「インフレや人件費の高騰、円安などで事業環境が厳しくなっているのは事実。我々の事業も影響を受ける。一方で丸紅では秋田市や能代市で洋上風力発電を手掛けた実績がある。加えて丸紅グループには電力の小売り会社があり、関西電力と東京瓦斯にも電力の小売りをやっているところがある」と解説した。
そして「建設コストを抑えることは大事だが、電気を売る力も重要になってくる。これまでの経験や各社が持っている力を総合して事業性を出していきたいと思っている」と話した。
地域住民の声反映されず
同部会を傍聴した一般住民の間からは、県に対する批判の声などが聞かれた。
事業化に疑念や不信感を抱く庄内の住民でつくる「鳥海山沖洋上風力発電を考える会」の菅原善子共同代表は、本紙の取材に「遊佐沿岸域検討部会は、設置要項では議論する場と定められているが、これまで議論らしい議論はしてこなかった。しかし今回、同部会では初めて漁業関係者が率直な意見を述べていたのが印象的だった」と振り返った。
その上で「なぜそうだったのかと言えば、県が事業の推進に都合の悪いことは説明してこなかったことから、議論にならなかった面がある。その点で県の進め方は、地域の合意形成に向けた説明が不足していた」と指摘した。
同じく同会の三原容子共同代表は「洋上風力発電の影響で漁業に支障があれば、補償の問題が出てくる。しかし『洋上風車が建ったことで損害を受けたから補償してほしい』と主張したとしても、健康被害の場合と同様に因果関係を立証するのは難しい。補償があるから安心と甘い期待を持つ漁業者がいるかもしれないが、そうはうまくいかないのではないのか」と語った。
同会事務局の梅津勘一氏は、五十嵐敏彦・県北部小型船漁業組合員の発言に言及し「もし入漁権漁場に入会の概念が入ってくるとすれば、漁業者全員の同意がなければ現状を変更することができないことになり、県漁協が是としても認められないことになる。これは大きな問題」と指摘した。
そして「これまでは事業を進めるのか進めないのかの議論だったが、発電事業者が決まり、景観や環境、健康への影響などの議論は追いやられ、地域振興策といった各論に移ってしまった。これでは地域住民の声が全く反映されていない」と苦言を呈した。