郷土の未来をつくるコミュニティペーパー(山形県庄内地方の地域新聞)
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東日本大震災から10年[3]
民間も避難訓練重ね備えを強化
豪雨災害も全国で頻発する中

 東日本大震災から10年が経ち、また全国で豪雨災害が頻発していることなどから、改めて防災・減災の取り組みが見直されている。庄内でも津波浸水想定区域や河川の洪水想定区域などにある、自治会や福祉施設、企業では素早い避難のための備えを強化している。津波避難ビルに指定されたホテルでは避難者の受け入れ体制を整えようとしている。取り組みは「これで十分」ということがないため、常に意識し、避難訓練を重ね、課題解決していくことが必要だ。(本紙取材班)

避難カードで各自が時間を記録 鶴岡市三瀬・由良地区

 鶴岡市沿岸部の三瀬地区自治会(加藤勝会長、約440世帯)と由良自治会(榊原賢一会長、約330世帯)では、2019年6月の本県沖地震後、岩手大学地域防災研究センターの熊谷誠特任助教の指導や助言を受けつつ、住民への意識付けや啓発、避難訓練、観光客向けの避難誘導看板の新設・更新などを進めている。
 津波第一波の到達時間は、三瀬地区が地震後8分、由良地区が9分で、命を守る行動は時間との戦い。地震が起きたらまずは身を守る、揺れが収まったらすぐに逃げるという意識は浸透した。
 住民アンケートの結果によると、19年の地震で逃げた世帯は標高の高い場所もある三瀬で74%、由良では90%に上った。しかし、一人も取り残さないために、やるべきことは多い。
 三瀬の加藤会長は「三瀬の特殊な地形や形成過程、歴史を知ってもらうことも重要。ハザードマップで津波の高さは最大13.2メートルとなっているが、津波の痕跡は標高20メートルの場所にも残っている。想定外は常にあり得る」と警鐘を鳴らす。熊谷助教には、有事にきちんと機能する自主防災組織のあり方も相談している。
 両地区の避難訓練では「避難カード」を導入した。参加者は、自宅から1次避難場所までの経路や所要時間などを記録する。どのような経路を選択するのが最適か、住民自身に考えてもらうのが狙い。
 本県沖地震では「慌てていて経路を忘れた」という住民もいた。記録が無ければ何も残らないが、記録が積み重なれば課題が見えてくる。熊谷助教を招いた防災研修会も開いている。
 由良では観光客など向けに、絵文字と英語表記を加えた新たな避難誘導看板を制作し、20年度は14カ所に設置した。設置場所は、熊谷助教が観光客の目線から助言した。
 21年度は住民の「避難行動記入シート」の作成に着手する。世帯情報や自力避難の可否、徒歩か車かなどの手段、長期避難が必要となった場合にどうするかなどを、事前に決めてもらう。
 要支援者対策は引き続き大きな課題。由良の榊原会長は「要支援者リストの整備など、地区防災計画を作る上でもポイントになる。自助を最優先とする中で、共助はどうあるべきか。声掛けはできるだろうが、9分間というわずかな時間の中でどういう行動ができるのか。難しい問題」と頭を悩ませる。
 本県沖地震当日は気温が低く、防寒対策の毛布などが不足した。保管するのに場所を取ることも一因だった。市は今年3月、2次避難所となっている三瀬の豊浦中学校、由良の旧由良小学校の各敷地内に防災資機材庫を設置し、毛布やアルミマットをすぐに取り出せるようにした。
 避難路の整備は終わったが、人手不足で草刈りなどの維持管理が課題となりつつある。


2、3階造り垂直避難に対応 特別養護老人ホーム芙蓉荘

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避難訓練は毎月行っている(2020年3月)

 近年の豪雨による水害では特に高齢者が犠牲になることが多いなど、災害弱者の避難が課題となっている。水防法などの改正で浸水想定区域・土砂災害警戒区域内の高齢者・障害者施設などは、災害時にどう避難するかを決めておく「要配慮者施設避難確保計画」を策定し、避難訓練を行うことが義務付けられた。
 酒田市では1月31日現在、対象207施設のうち、策定済みは191施設で策定率は92.3%。さらに計画に基づいて110施設が避難訓練を実施した。
 そうした施設の一つ、酒田市宮野浦にある社会福祉法人光風会(池田剛理事長)の特別養護老人ホーム芙蓉荘(入所者101人)では、津波と洪水を想定した避難確保計画を策定済み。海や川に近いため以前から風水害対応マニュアルを独自に作っていた。災害時に施設に駆けつけて避難を助ける職員を指定し、どこから施設に入るか、施設内での避難ルートも決めている。
 避難訓練は火災や津波、洪水とそれぞれ想定を変えて毎月行う。近くにある障がい者支援施設光風園などグループ施設合同でも、年1〜2回の避難訓練を行っている。
 1994年の増床時に2、3階を造り、上階に垂直避難できるようにした。芙蓉荘と近くのグループ3施設の利用者計約170人と職員が、芙蓉荘の2階以上に避難する。
 東日本大震災の時も入所者をベッドや車椅子で2、3階に上げて一晩を過ごした。自力で階段を登れる人がいない中、全員を上げるのに40分かかった。18年8月の最上川等の増水の際は、高齢者等避難開始が出される前に独自の判断で避難した。
 19年6月の地震は夜間で職員数も少なかったが、震度5弱で職員30人が駆け付けることになっている。参集基準に従って、指定職員が集まった。指定職員だけでなく、施設近くに住む職員も駆けつけた。
 これまでも避難訓練は欠かさなかったが、災害に応じて実際に避難する例が増え、実践することでさらに実効性の高い計画に更新する結果となった。同施設では①何が必要か、どうなるのか災害をイメージする②訓練する③振り返りをして出てきた課題を解決する―ことが重要と話す。
 実際に、以前は毛布を担架にして利用者を2、3階に上げていたが、上げた後の対応が課題となった。そのため利用者を車椅子に乗せて上げる方が、重たいが速く対応できることが分かりマニュアルを変えた。
 食料は施設内に最低必要な給食分を備蓄し、それ以上は給食の委託業者が鶴岡市内に確保している備蓄の提供を受ける。委託業者は、施設が必要とする災害対応を満たす業者を選んでいる。一つの施設で対応するだけでなく、光風会の他の施設との連携や委託業者の協力など複層化を進めている。
 災害後に事業をいかに早く再開するか、サービスを継続するかも重要と考え、17年に地震に対応した事業継続計画を作った。福祉施設は長期間使えなくなると、利用者本人だけでなく、家族の生活にも大きく影響するため。
 20年には水害対応と新型コロナウイルス対応の事業継続計画を策定した。21年は事業継続のための訓練を行い、課題に合わせて計画を見直していく。


緊急避難場所を5カ所設定 酒田共同火力発電

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酒田共同火力の津波避難塔

 酒田市宮海字南浜の酒田共同火力発電(株)では、山形県が2016年3月に公表した津波浸水域予測図を基に、津波への対応を中心に防災対策を講じている。
 県の予測図では、同発電所一帯の最大浸水深は1メートル以上2メートル未満だが、宮海海岸部には地震発生から8分で20センチの第一波、11分で最高水位11.6メートルの津波が到達すると想定している。
 これを踏まえ発電所構内の本館3階フロア(床面の高さ海抜11.3メートル以上)と二つの屋外関連設備上層階、酒田北港の水路東側にある同社石炭埠頭の鉄骨造り3層構造2階建ての津波避難塔(避難室床面の高さ海抜12.7メートル、屋上床面の高さ同15.6メートル)、それに国道7号の計5カ所を同社の緊急避難場所に決めている。
 このうち津波避難塔は、石炭埠頭への津波第一波の到達時間が8分とされたことから、それまで津波発生時の避難先としていた北方約1.6キロ離れた同社社屋への避難は困難と判断。従業員や石炭埠頭で荷役作業に当たる作業員、周辺の一般市民が安全に避難できる場所を確保しようと、18年1月に整備した。
 避難室は100人、屋上を含めると最大200人程度を収容できる。避難待機室や備蓄保管庫、救護室・更衣室、屋上に太陽光発電パネルを設置し、備蓄品としてカセットボンベ式暖房器具、発電機、簡易トイレ、非常食・飲料水・毛布などを100人程度1日分備蓄している。
 同社では東日本大震災や本県沖地震を踏まえ、非常食などの備蓄数量を増やしている。その結果、津波避難塔の備蓄分を除き、非常食・飲料水・毛布などを従業員100人が避難生活を3日間送れる分備えている。
 協力関係では▶同市との間で18年1月、津波避難塔を市指定の一時避難施設として活用する協定を締結▶花王酒田工場と17年5月、津波発生時に酒田工場の宮海倉庫従業員を、発電所構内の一時避難場所に受け入れる協定も結んだ。
 避難訓練は、発電所構内で働く企業の従業員も参加して毎年秋に1回、100人程度で実施している。
 同社では「構内で働く企業の従業員を含め、訓練などを通じて防災意識の高揚に努めている。特に夜間や休日の災害発生に備え、交代勤務者を対象に通報・初動対応訓練に注力している。今後も年間の防災業務活動計画を策定し、それを着実に実施していく」と話す。


避難場所加え耐震補強も 花王酒田工場

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事務棟を耐震補強した花王酒田工場

 酒田市大浜2丁目の花王(株)酒田工場では、山形県の津波浸水想定を基に同市が2016年3月に作成した津波浸水域予測図を踏まえ、津波と地震、豪雨に対応した防災体制を敷いている。
 東日本大震災翌年の12年度に、鉄骨造り5階建ての事務棟最上階の体育館(床面の高さ海抜約18メートル)を、同社の津波緊急避難場所に決めていた。
 市の津波浸水域予測図では、酒田工場一帯の最大浸水深は1メートル以上2メートル未満だが、地震発生から8分で20センチの第一波、11分で最高水位13.3メートルの津波が酒田港に到達すると想定している。
 同社では避難時間を短縮するため、16年に建設した鉄骨造り2階建ての北部工場2階の会議室(床面の高さ海抜約9メートル)を、新たに津波の一時避難場所に追加した。北部工場は敷地が飛び地にあるため、市の予測で1階でも浸水しない地域にあり、震度6強相当の地震にも耐えられる。
 18年12月には、北部工場と同じように震度6強相当の地震に耐えられるよう、事務棟の耐震補強工事も行った。2次避難場所は、公設避難場所の市立松陵小学校グラウンドとしている。
 食料などの備蓄量も見直した。酒田工場内の昼間時間帯の勤務者は、同社や協力会社、派遣会社の従業員などを合わせ300〜350人に上る。従来は、一時帰宅者に持たせる240人分と工場に残って災害復興を担う従業員用70人分を備えていたが、19年からは工場内勤務者の一時帰宅者分と帰宅困難者3日分の計700人分を確保している。
 協力関係では▶清水建設(株)と11年10月、建屋などの被害診断と自然災害発生時の緊急対策▶常駐協力会社17社と11年、工事・物流・食事・清掃・生産などでの復旧協力▶酒田共同火力発電と17年5月、前述の協定を結んだ。
 近隣の東北東ソー化学(株)、(株)アライドテック大浜工場、酒田地区共同防災センターの3者からは、事務棟5階の体育館を有事の際に一時避難場所として利用させてほしいとの要請もある。
 避難訓練にも力を注いでいる。酒田工場では毎年度1回、火災も想定した地震防災総合訓練の中で実施し、反省会でその都度実施要項を確認・修正している。
 同社は自衛消防防災隊編成組織を設け、一部従業員を消火作業に当たる消防班、点検作業や見回りを担う警戒班、応急処置を行う救護班、点呼・安否を確認する避難誘導班に分けて配している。避難訓練は避難誘導班が主体となり、対策本部への報告と一時避難場所へ避難する内容となっている。
 花王酒田工場地区サービスセンターでは「防災訓練と日ごろから災害に対する自分事化を呼び掛けている。防災訓練を継続し、行動の確認・修正を進めていく」と話している。


夜間の受け入れ体制確立へ ホテルリッチ&ガーデン酒田

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津波避難ビルのホテルリッチ&ガーデン酒田

 酒田市若竹町1丁目のホテルリッチ&ガーデン酒田は、市内に五つある市指定の津波避難ビルの一つ。夜間の地震で津波警報などが発令され、地域住民らが避難してきた場合に備え、受け入れ体制の確立を進めている。
 19年6月18日午後10時22分に発生した本県沖地震では、近隣や遠方から200人以上の住民が避難してきた。市指定津波避難ビルのうち夜間入ることができるのは、同ホテルと日本海酒田リハビリテーション病院の2カ所だけ。残る庄内JAビル、山新放送庄内会館、セレモニーホール酒田の3カ所は終日対応ができない。
 主な受け入れ体制を見ると、ホテルリッチ&ガーデン酒田を起点に半径1〜2キロ以内に住んでいる従業員10人の中から、有事の際にホテルに駆け付ける連絡係1人を決めた。津波警報などが発令された場合は、連絡係を含む近隣の従業員10人と熊谷芳則代表取締役、市職員2人がホテルに急行し、ホテル住まいの従業員と計14人で、避難してきた住民に対応する。夜間のフロントには夜勤の従業員2人を配しているが、この2人は宿泊客だけに対応する。
 熊谷代表取締役は、津波避難ビル5カ所を全て24時間対応できる施設にすることが前提とした上で「各津波避難ビルに逃げ込む住民の地区を決め、その区割り表を毎月市広報誌『私の街さかた』に掲載するべき」と提言する。
 そして「有事の際に何人程度避難してくるのか分からないのが実情。地区ごとに逃げ込む津波避難ビルを決めておけば、避難してくる人数を事前に把握でき、受け入れ体制を築きやすくなる」と話す。


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